頑張るとは何か?『どうしても頑張れない人たち』(作:宮口幸治)

社会

「頑張る」とはどういうことでしょうか?

近年、発達障害に対する社会の目線が急激に変化しています。

支援学級、相談窓口も確実に増え、生来の障害に対する「支援」は確実に増えている。これは紛れもない事実でしょう。

しかし、今の社会は本当に必要な人々に支援の手を届けているのか?いくら制度を充実させたところで周囲の環境、また我々の思い込み、固定観念によりそもそも支援に繋がることができない人たちがいる ー。

今回は『ケーキを切れない非行少年たち』で話題となった宮口幸治氏の著書『どうしても頑張れない人たち』をご紹介します。本作は『ケーキを切れない非行少年たち』に続くシリーズ2作目であり、先にそちらを紹介すべきなのですが、諸事情により今回はこちらから紹介させていただきます。

『どうしても頑張れない人たち』あらすじ

第1章 「頑張る」って何?

頑張らなければ生きていけない社会

どうしても頑張れない人たち 1

「頑張れば報われる」

「頑張ればできる」

おそらく今生きているほとんどの人は、小さいころ親や教師、周りの人からこう言われた経験があるでしょう。「頑張る」ことは素晴らしいことであり、その苦労の果てに結果をつかみ取れるものであることは否定しません。

そもそも、「頑張る」とはどういうことでしょうか。広辞苑には”我意を張り通す”、”どこまでも忍耐して努力する”などといった意味とされます。日常的に我々が使うのは後者の意味ですね。

この社会で生きていくためには嫌な仕事、嫌な人、嫌なルールなどあらゆることに耐えながらそれでも働かなければならない。頑張らなければ生きていけない社会であるともいえます。

しかし、ここで多くの人が勘違いしていること。それは「頑張らなければ生きていけない」からといって、「誰でも頑張れる」ということではないのです。「努力することならだれでもできる」といった言葉も時々耳にしますが、残念ながらそれは違うのです(第3章で詳しく解説)。

本当は残酷「頑張るなら支援する」

「君が頑張るなら僕も応援するよ」などの言葉もよく耳にします。一見何の問題もなさそうですが、これは裏を返すと「頑張らないなら応援しないよ」と言っているのと同じ、いわば「条件付き支援」と呼べます。

しかし、ここで考えてみてください。自分一人で「頑張れる」人はそもそも他者からの特別な支援など必要なのでしょうか?非行少年にしても同様で、何か「頑張って」成し遂げることが出来るような子がそもそも少年院に入ってくるでしょうか?

「頑張れない人」は「頑張れる人」から見ると努力することを放棄した、ただの怠け者に映ります。しかしこの世にはどうしても頑張れない人たちが一定数存在し、そんな人たちこそ本当に「支援」が必要である、と本書は主張しているのです。

第2章 「頑張らなくていい」って本当?

頑張らなくていい=怠けていい?

近年よく見る、「もう頑張らなくていい」「もう我慢しなくていい」というキャッチフレーズ。副業やメンタルケアの広告でよく見る気がします。この言葉を見てホッとされる方も多いでしょう。今まで頑張ってきた自分を認めてもらった気になれるかと思います。

但し、注意しなければならないのは、この言葉は「今まで頑張ってきた人たち」、要するに「頑張れる人たち」に向けての言葉です。「頑張ることは前提だけど、そこまで無理しなくていいよ」という意味なのです。

子供はどう受け止めるか

これは子供に対しても同じことが言えます。「できないなら無理しなくてもいいのよ」と言われる親御さんは多いかと思われますが、それも「頑張る」ことが前提、「できるようになるために頑張るのは当たり前だけど、無理までしなくていいのよ」という意味でしょう。

しかし、ここで子供がそう受け止めるとは限りません。親はあくまで「無理をしてほしくない」と思っているのに、子供は「そうか、もう頑張らなくていいんだ」と受け止めてしまう。特に勉強嫌いな子は何かにつけて勉強をさぼろうとします。そんな子たちに「頑張らなくていいんだ」などと声をかければ、頑張ること自体放棄してしまうでしょう。

”不器用なままでいい” ”みんなと同じにならなくていい” ”みんなちがってみんないい”といった声もよく聞きます。・・・(中略)・・・しかし私は、それは本人自身もそう希望する場合に限る、と思っています。周りの大人が子供の気持ちや可能性を確かめず、一方的にそう考えて、今できることすらさせなければ、子供の可能性をつぶし、障害を作り出してしまう可能性もあるのです。その被害者は子供たちなのです。                 (『どうしても頑張れない人たち』p.37~38)

この社会では何とか頑張らないと生きていけないのは事実です。そんな社会にあって、「頑張らなくていい」という言葉がけは無責任です。大人のエゴともいえます。結局被害を被るのは子供たちなのです。

第3章 どうしても頑張れない人たち

金にならなければ頑張るとは言えない

今回はどうすれば「頑張っている」と言われるのか。つまり他者から見てその人が頑張っていると言える根拠について見ていきます。

先に結論を言ってしまうと、それはずばり「結果を出す」ことです。もっと言うと「他者から評価される結果を出すこと。」、さらに具体的に言うと「金になる結果を出すこと」です。

「いくら自分でできたと思っても、他者からすれば全然できていないこともあります。テストの点などはわかりやすいです。簡単だった、できた、と思ったテストほど点が悪く、難しかった、あまりできなかった、と思ったテストほど点が良かったりします。・・・(中略)・・・これらは自己評価でなく、結局はどれだけ評価されるかにかかっています。結果を出して評価されて、初めて”できる”という状態になります。」      (『どうしても頑張れない人たち』、p46)

本書ではわかりやすくゲームを例に説明しています。もし自分の子供が一日中家にこもってゲームをしていたら、どう思われるでしょうか。「いい年して頑張れない、怠け者だ。」「ゲームしかできないダメな子だ。」と大半の人は思うでしょう。しかし、彼がプロゲーマーになり、授業料をとって人に教え、大会に優勝して賞金を獲得したりしたらどうでしょうか。頑張っていないどころか、周りの人間は急に誇りに思い出すのではないでしょうか

行きにくすぎる社会

これはとても極端な話です。結局社会において、他者から見てその人が頑張っているかいないかというのは、「金になるか、ならないか」が評価点なのです。

今回はゲームを例に考えましたが、何でも自分の好きな事で生きていけるのが一番です。しかしそれが出来ないから問題なのです。

先述のように、好きな事で生きていける人はほんの一握りです。大半の人は頑張りたくないことでも頑張って生きていかなければなりません。

「頑張れるひと」はそれでもできるかもしれません。しかし「頑張れない人」にとっては、

頑張れることでは生活できない→好きでないことをしなければならない→やる気が出ない→ますます頑張れない   という悪循環にハマってしまうのです。彼等にとっていかにこの社会が生きにくいか、容易に想像がつきます。

大人の声掛けが、時に凶器に

どうしても頑張れない人たち 2

しかし、それでも周りの人間は、特に親は子供を頑張らせようとします。「一生懸命やればできる」「できなくてもいい、もっと自分に自信を持って」と子供を鼓舞し、時に励ます。何とか頑張らせようとします。

しかし、できない子供が「一生懸命やればできる」と言われ続けたらどうなるでしょうか。「こんなに一生懸命やってもできない。自分はダメな人間なんだ。」「こんなに頑張ってるのに、まだ頑張るの・・・」と悲観的になる。そして必ず優秀な子たちと比較される。そして結果を出せないから「頑張っていない」と評価される

「できなくてもいい」と言われたって、やっぱりできないことは嫌なんです。みんなと同じようにできるようになりたいんです。そんな子に”みんな違ってみんないい”なんて言葉が響くはずもありません。

『どうしても頑張れない人たち』口コミ・値段

以下に、各通販サイトのカスタマーレビューと値段を記載します。

Amazonショッピング:4.3/5.0 文庫版792円 kindle版713円

楽天市場:4.0/5.0 792+送料無料円(中古版約300~600円)

Yahooショッピング:4.3/5.0 792+送料500円

平均的な評価は4.0~4.3程。値段は書籍本体と送料を含めて約800~1300円ぐらいです。各サイトに中古本もあるので、探してみてください。

レビューでは、「大人たちに読んでほしい」「弱い立場の人を想像できない人に読んでほしい」の他、「読みやすい」という評価も目立ちました。

内容が内容だけに敬遠しがちな種類の本かもしれません。が、是非一人でも多くに人に手に取って欲しい。普段身の回りで暮らしている人たちに目を向けるきっかけになればと思います。

まとめ

今回の作品にはとても共感する部分がありました。私は特別障害があるというわけでもないのですが、子供のころから不器用で、それだけに周りの大人から努力の大切さ、頑張ることの大切さをさんざん聞かされてきました。

「やる気がないからだ」「努力が足りない」という言葉もいやというほど聞かされてきました。

子供のころは上手く言葉にできなかった。でも今なら言えます。私は頑張っていたんです。少なくとも自分では、怠けているつもりなんて毛頭ありませんでした。

テストの点が悪かった時も。成績表の数字が悪かった時も。体力テストの点が悪かった時も、自分はいつも真剣でした。でも周りはそうは見ない。努力が足りないからだとみなす。「努力すれば必ずできる」と思い込んでいる大人が多かったのでしょう。

私でもそうなのだから、生まれつきハンデを背負っている方の生きづらさは想像を絶するものがあるでしょう。

「頑張れない人たち」に対する理解が社会に少しでも浸透することを願ってやみません。

ブログの方もよろしくお願いします!

読書人
読書人

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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