【中国時代劇の金字塔】~蒼穹の昴~

時代劇

今回ご紹介するのは『蒼穹の昴』(作:浅田次郎、講談社)です。

浅田次郎作品を代表する長編小説であり、1996年第115回直木賞候補作に抜擢され、2010年には日中共同制作でテレビドラマ化もされました。

なお、この作品の続編として『珍妃の井戸』、『中原の虹』、『マンチュリアン・レポート』、『天子蒙塵』の4作が出版されており、これらを含めて『蒼穹の昴シリーズ』としています。

(https://www6.nhk.or.jp/drama/pastprog/pic/subaru_p.jpg)より

物語のあらすじ

「汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう ー」

中国清王朝末期、極貧の家に生まれた少年・春児は、兄貴分である地元の名家の次男・文秀と共に老婆の占星の言葉を胸に、都・紫禁城へ赴き、春児は宦官として、文秀は科挙を突破した官僚として天下を目指し、それぞれの「覇道」を歩み始める。

混迷を極める清王朝末期の中国において、清朝の中枢にそれぞれの形で関わるようになる2人を待ち受ける運命は ー。

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舞台である清王朝末期は、アヘン戦争、日清戦争、辛亥革命など近代まれにみる

激動の時代でもありました。

そんな時代に、野心と友情を武器に極貧から権力の中枢まで上り詰める、逆境に

おける人の強さが強く感じられる作品です。

科挙・宦官って何?

物語の解説に入る前に、本作品の重要な語彙である「科挙」「宦官」について解説します。両方とも古代中国史において極めて重要な制度であるので、ここでおさらいしておいた方が良いでしょう。

科挙とは古代中国における官吏登用試験のことであり、その起源は6世紀、隋王朝の時代から本作の舞台である清王朝の時代まで約1300年間にもわたって行われました。

科挙を志す者は幼いころから論語や詩などの勉強に励み、3年に一度開かれる「童試」、本試験の前の準備試験である「科試」、また3年に一度開かれる本試験の「郷試」(合格した者は「挙人」と呼ばれる)、挙人が受験できる「会試」(合格した者は「進士」と呼ばれる)、進士が受験でき、皇帝臨席の下で行われる「殿試」など幾重もの難関を突破した末に、ようやく官僚になることが出来ました。

科挙に合格することは家族のみならず地域の誉とされ、科挙合格者の身内も優遇される傾向にあったため、受験者にかかるプレッシャーは想像を絶するものがありました。

宦官とは、古代中国の王朝に仕える去勢された男性のことを指し、主に後宮で皇后や皇子たちの世話、教育を行っていたそうです。古代中国に特有の文化ではなく、ギリシャ、ローマ、トルコ、古代朝鮮でも記録が残っていますが、古代中国では時に王朝の運命を左右するほどの権力を持ちました。

宦官は後宮で小さいころから皇子たちの世話をしているので、その皇子たちにとっては非常に近しい関係になります。なので、その皇子が皇帝になった際には、見ず知らずの科挙を突破した官僚たちよりも自分を世話してくれた宦官たちを重用するようになります。こうして宦官は宮中で絶大な権力を握り、秦の趙高、明の魏忠賢に代表されるように、国家を滅亡に追い込んでしまうほどの力を持った宦官も出現するようになりました。

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上の記述からもわかるように、科挙出身官僚と宦官は互いに権力の座を競いながら、

成立から仕事までまるで違います。

そのため両勢力は非常に仲が悪く、唐や明などという王朝はそれが原因で衰退

してしまったほどです。

物語の見どころ

ここからは、この作品の見どころについて紹介したいと思います。

過酷すぎる成り上がり

この物語の主人公である春児は宦官となる道を、兄貴分の文秀は官僚となる道を選ぶわけなんですが、どちらも半端ではなく過酷な道のりです。

官僚については先ほどもご紹介した通り、科挙に合格しないとなることが出来ません。そしてこの科挙、難易度が恐ろしく高く、「史上最も難しい試験」なんて言われることもあります。「会試」に合格して「進士」になれる確率は全受験者の1%、この時点でとんでもない難易度ですね。その後の「殿試」なども含め、すべての試験行程に合格して官僚になれる確率はわずか0.03%程だったとされています。

難しすぎるw。そんな科挙に文秀は挑むわけですが、文秀とその周辺の人物も含めて、物語の序盤では科挙の厳しさがかなり詳細に伝わってきます。多少のネタバレになってしまいますが、文秀の兄が会試になかなか合格できず引きこもりのようになってしまったり、文秀が合格答案を作り出すときの奇跡なども、とても面白い。物語序盤ではかなり重要なシーンの一つでしょう。

一方の春児は宦官になるのですが、こちらも凄まじいです。去勢する際の「浄身」と呼ばれる施術のシーンはかなり凄惨で、一度読んだら中々忘れられないでしょう。まさに「生き地獄」です。

宦官は本来敵国の捕虜であったり、法を犯した罪人などが刑罰を受けてなる身分でした。しかし、実際は自ら志願して宦官になるものも少なくなかったと言います。理由は科挙を受けるよりも、確実に「権力」を握ることが出来る道であったからです。

現代も教育格差が問題となっていますが、物語当時は識字率も今より圧倒的に低く、科挙を受けることが出来るのはそれなりの身分の家に生まれたものがほとんどでした。そんな貧しい身分の者に残された権力を握る道が「宦官」になることだったのです。この物語はまさにそんな対局の道を選んだ2人が国家の中枢に上り詰めるまでを描いています。

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「浄身」のシーンは非常にグロテスクなので、グロい描写

が苦手な方は注意してください。

しかし、いくら権力を手にできると言っても、去勢まで

する勇気は、自分には有りません。。。

もし皆さんが春児と同じ立場だったら、どちらの道を選びますか?

そんな想像をしながら読んでみてもおもしろいかもしれません。

魅力的な脇役たち

この物語の大きな魅力が、春児や文秀を取り巻く脇役たちです。

男女の愛情、兄弟や師弟間の恩義、皇帝と臣下の忠義、男同士の友情、貧しき者たちの団結力など、立場は違えど自らの境遇で最大限美しく生きているような感じがします。

この物語には明確な正義と悪の二項対立のような構図はありません。基本的にどの登場人物も「善人」であることは間違いありません。しかし時代の流れによって彼らの運命は二転三転し、後世まで「悪」と評価されてしまうこともあるのが、世の世知辛さでしょう。そんな逆境において自らの人生を己の手で切り開こうとする勇気をこの物語では描いています。

個人的には、この物語で最も注目すべき人物として「西太后」を上げます。物語中では「老仏爺」とも呼ばれる彼女は歴史上では清王朝滅亡の端緒を招いたとされ、漢の呂后、唐の則天武后と共に中華三大悪女に数えられています。しかし、彼女が権力の頂点に君臨していた期間は47年と非常に長いのです。果たしてそれほどまでの長期間彼女が権力を握り続けられた理由は、史実のように彼女が悪辣な手法でライバルたちを蹴落としていったからなのでしょうか?それはぜひ物語を読んで皆さんが判断してみてください。

西太后(https://www.newsweekjapan.jp/より)

まとめ

今回はいかがだったでしょうか?

浅田次郎作品はたくさんありますが、蒼穹の昴シリーズは代表作の一つと言ってもいいですね。

古代中国が舞台ということもあり少々堅そうですが、登場人物たちの関係はまるで少年漫画のような爽やかさもあり、歴史小説が苦手な方もぜひ読んでみることをお勧めします。

そのほかの蒼穹の昴シリーズについても今後紹介していく予定です。

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最後まで読んでいただきありがとうございました!

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